まんがの裏の一丁目

漫画とかラノベとかアニメ、映画などについて感じたことをだらだらと書いていきます。連絡先はatelierarktos★gmail.com(←★は@にしてください)

ソードアートオンラインって.hackよりもクリスクロスと比較するべきじゃないの?

ソードーアートオンライン(以下SAO)って.hack//SIGNのパクリ?っていう意見を見かけてちょっと言いたいことがあったので書く。

7月から始まったアニメのSAOが2002年4月放送開始の.hack//SIGNをパクった作品だという意見は早計な判断だと言いたい。

アニメのSAOは原作があり、電撃文庫から2009年4月に発売されたが、それ以前にWebで無料公開されていてそれが2002年11月。

電撃文庫版の1巻のあとがきには2002年の電撃ゲーム小説大賞に応募するつもりで書いたが、規定枚数以上になり内容を削るのを断念して応募をあきらめたとある。

それを信じるならば電撃ゲーム小説大賞の締め切りが4月だったはずだから、2002年4月までには書きあがっていたことになる。

つまり、どちらが先というわけではなくほぼ同時。

しかし、.hackの企画は1999年からあったとか、SAOの原型となる作品がその2年前に書かれているとか調べると色々と出てくる。

SAOと.hack//SIGNの共通点は「オンラインゲームが題材でゲーム内に囚われた」という点のみ。(※.hack//SIGNでは主人公以外は囚われていない)

そこがパクったとかパクってないとかの論点になっていると思う。

でもね、正直なところそんなのは些細な問題だと思う。

そういう観点からSAOを見るならば、.hackよりも「クリス・クロス 混沌の魔王(高畑京一郎・著/メディアワークス刊)」のパクリだと言うべきではないだろうか。
クリスクロスとSAOの共通点は
 
「仮想現実世界でゲームをする」
「ゲーム内での死が現実での死」
「ゲームをクリアする以外に脱出するすべがない」
 
である。
クリスクロスもオンラインゲームといえばオンラインゲームが題材であるし、ゲーム内に囚われている以外の共通点が.hackよりも多い。
そして結構重要なことにSAO1巻のラストシーンとクリスクロスのラストシーンが結構似ている。
詳細を解説してしまうとネタバレになってしまうので書かないが、全く同じとは言わないが似ている。
 
(※クリスクロスは「夢か現か幻か」という部分が作品のテーマになっているのでラストもそれを想起させるものである。SAOの終わり方とは似ているけれど方向性が違うと言うこともできるが、似ていると思う。)
 
何が言いたいのかというと、SAOと比較するべきは.hackじゃなくてクリスクロスの方じゃないの?という事。
 
SAOの1巻を読み終わったとき真っ先に思い出したのがクリスクロスだったくらい似ていた。
.hackシリーズもアニメを全部見たわけではないがそんなに似ているとは思わなかった。
オンラインゲームを題材にしているから一見似ているような部分もないとは言わないけれど、作品としての方向性は違うように感じる。
 
仮に.hackを見た後に着想を得て執筆をしている部分があったとして、それをパクったと言い始めると過去や同時期に存在しているオンラインゲームを題材としている作品にも言及する必要があるし、何がどの部分と似ているとかいう不毛な話をしないといけなくなる。
 
名探偵コナンの劇場作品ベーカー街の亡霊とか、空談師(篠房六郎・著/講談社 アフタヌーンKC)など同時期にオンラインゲームを題材にした作品は存在する。
 
SAOに関して言えば、原作の4巻以降に登場する「ザ・シード」の設定が空談師の中に出てくる「ボード」の設定に似ているなあとか思う。どっちが先なのかわからないけれどね。
 
そもそもオンラインゲームという現実に存在しているものを題材にしたらそれを料理する方法が似るのは仕方のないことだし、味付けを変えれば全く違う作品が出来上がるのだから根本の題材が似ているだけであれこれ言うのはやめたほうがいいと思う。
 
ストーリーそのものを真似ているならともかくとして。
 
SAOの面白さはただオンラインゲームを題材に選んだ作品というわけではなくて、MMORPGを実際に遊んだことのある人だとニヤリとしてしまう描写がいくつもある事だと思うんだよね。